4/28
GWニコル

北京五輪の聖火リレーに関する一連の報道は何と言うか、「だったらやらなきゃいいのに」の一言が全てであると言ってしまうと何もすることがないので、とり あえず走ってみました、とりあえず中継してみました、とりあえず抗議してみました、とりあえず厳重に警戒してみました、とりあえず捕まってみましたという 「とりあえず」の連鎖で起きているような気がしてなりません。

そして、この「やらなきゃいいのに」を裏付けるように、やってしまったがために自分が見てしまったがっかりなものをカウントダウン形式で発表したいと思い ます。

第3位 ランナーを取り囲む警備の人やら大勢の陣形が女性器そっくり
これ、テレビ中継を見ていて上空から撮影していたカメラも結構ありましたが、ランナーを中心に縦一列に取り囲む形は、まあ女性器ですよね。善光寺の落書き が女性器マークだったから落書きの犯人は日本人という謎の推理を勝谷誠彦が披露していましたが、あの落書きは図らずもこの中継のことを予期していたという ことにでもなるんでしょうか。しかし土曜の早朝から卑猥な中継でした。チベット問題と同じくらい問題だったと思います。69ガッカリー。「ガッカリー」は がっかり具合を表す単位ということで。


第2位 ひとり聖火リレーを敢行する萩本欽一
昨年24時間テレビから萩本の「沿道の人と触れ合おう」スピリッツは必要以上に肥大している。萩本と五輪といえば「私たちのふるさとは地球です!」という 珍メッセージで盛り上がった長野五輪が思い出されるわけですが、今回の聖火“ランナー”は絶対に昨年の24時間テレビの影響だよなあ、と。そんな萩本が 「厳重警備で長野の人と触れ合えなかったから」とひとり路上を走って長野の人とハイタッチをするというのは、ある意味当然であって、そして確実にがっかり である。87ガッカリー。


第1位 「ハッケン!」での品川祐(おしゃべりクソ野郎)
「聖火というよりは揉め事の火種になってますよね」みたいなことをサラリと言ってのけた品川。聖火リレーさえなければ品川のこんなコメントを聞くことも、 そしてこんなにガッカリすることもなかった。この一点だけでも今回の聖火リレーは「やらなきゃいいのに」と自信を持って言い張ることが可能だと確信しまし た。122ガッカリー。



あと全く話は変わりますが「キミ犯人じゃないよね?」(貫地谷しほり主演金曜ナイトドラマ)を第3回にして初めて見たんですが(別にゲストが星野真里だっ たから、というわけではなく、初回2回と単に見ることが出来なかっただけ)、あんまり面白みはなかったです。決してつまらないわけじゃないけど、今まで放 送されていた金曜ナイトドラマの強力ソフト(トリック、時効警察など)の焼き直しをしているだけで、別に貫地谷や要潤である必要性があんまり感じられず、 「とりあえずこういうのやっておけばOKでしょ」みたいな消極的なものが見え隠れ。

自分は見てないけど同局金曜21時のドラマ「パズル」(石原さとみ主演)も同じことが言えるらしく、テレ朝はこの次元から脱却しなければ次のいいドラマは 生まれないんじゃないかと。「スシ王子!」の失敗が怖いのは分かるけど、守りに入ってはいけないんじゃないだろうか。どうでもいいけど「スシ王子!」の見 込んでいた利益と現実の差額による損益と、「相棒」の利益を相殺すると、どっちが上回るんだろうか。



「サンデー・ジャポン」「たかじんのそこまで言って委員会」に出演していた
今枝仁弁護士は「よく泣く小太り」という点でお笑いのヒデヨシのコントみたいだ。

4/26
隣人は密かに笑う

辺見えみりと木村祐一が離婚。

なんで結婚したのかいまいちよく分からない二人だったけども、離婚する時も同じで何で離婚するんだかいまいちよく分からない。まあ単純に仲が悪くなったん でしょうねえ。こんな感想しか出てこなくて申し訳ない。

ただ、自分は木村祐一がこれでバツ3(3度の離婚)になったという事実を鑑みて、木村にとって辺見えみりが過去木村と結婚した二人の女性と並列程度の存在 でしかなかったことにちょっと溜飲が下がった感じ。自分の思い込みであれば申し訳ないが、辺見えみりは木村と結婚することで「過去や顔にはこだわらない女 性」みたいな評価の上がり方をして、「辺見えみりってそもそもよく分からない存在だったけども、この結婚でますます訳が分からない妙な高い位置に行ってし まったなあ」と思っていたので、ようやくその評価が是正されるという意味での安堵。

ひとつ悲しいのは木村祐一が「西郷輝彦の義理の息子」とめちゃイケで紹介されなくなることでしょうか。まあどうでもいいです。


「ぐるぐるナインティナイン」に石田純一といしだ壱成。

最近ではバラエティ番組に芸能人の家族が出演することも増え、親子共演はさほど珍しいことではなくなったけども、石田純一にいしだ壱成という組み合わせは 自分の記憶の中では初。50歳を過ぎてからなぜかますます好調な石田純一と、おクスリで捕まって以来復帰したけどイマイチパッとしないいしだ壱成。本来な らば全く逆の売れ方をしていてもおかしくない二人なのだが、どこをどう間違ったのか、売れっ子の父親と落ち目の息子という構図でしかも「ぐるナイ」で共 演。全てが清々しいほどに間違っている。

個人的にはなぜ世間はこの共演にお祭り騒ぎしないのかと大いに疑問なのだが(少なくとも日テレはもっと盛り上がってもいい)、それだけの面白さがこの放送 にはあったように思えた。ぐるナイの恋人選び企画で、一番最後まで選ばれなかった人が全額オゴるというもの。石田親子対決は壱成惨敗という結果に。最後ま で壱成を選ばなかった理由は様々であったが、その根底には「おクスリで捕まった落ち目の俳優はちょっと…」という女性の偽らざる本音が見え隠れ。なんて残 酷なんだろう。もはや「フェミ男」という言葉は死語なのか。


「徹子の部屋」にくりぃむしちゅー。

「アメトーーク」以降、徹子の部屋に出演する芸人がどのような対策を練って勝負に挑むのかが気になって仕方なくなったが、くりぃむは実にのびのびと徹子と の試合をこなしていた。二度目の出演ということもあったのかもしれないが、有田が終始「徹子と結婚したい」という攻めの姿勢を見せていたのが印象的。

南海キャンディーズが出演したときにも思ったのだが、徹子の話にあわせているだけでは完全にペースに飲まれてしまう。徹子のペースに飲まれないためには自 分のペースで全てを進める必要があり、それにはやはりコンビであることは不可欠のような気がする。よってピン芸人が徹子の部屋に出る場合には既に負け戦と いう個人的見解。近々放送予定の小島よしおが楽しみで仕方ない。

で、なぜくりぃむが「徹子の部屋」に出たかといえば「くりぃむナントカ」がゴールデン進出の宣伝をするため。ゴールデン進出一発目の「くりぃむナントカ」 を見たが、深夜のテイストそのままでとりあえずは一安心。ただこれはテレ朝ゴールデン昇格バラエティ全てに見られる傾向で、深夜から昇格したバラエティは 一旦そのままのテイストで放送するが、数字がパっとしなかったらすぐテコ入れになる。だからゴールデンの「くりぃむナントカ」の真の評価を下すにはやや暫 く経ってからじゃないと難しい。3ヵ月後見たら全く別の番組になっている可能性もある。


「ラスト・フレンズ」で長澤まさみが錦戸亮のことをそれでも愛し続ける理由が提示されないと「んなもん別れちまえば解決するだろ」となってしまいよろしく ない。もっと「それでも別れられない理由」が出てこないとなあ。



下着泥棒がサッカー選手だったのか
サッカー選手が下着泥棒だったのかは難しい判断ですね。

4/24
認識の問題

鳥居みゆきが「美人芸人」であるという認識は、決して自分だけのものではないはずだ。

R-1ぐらんぷりの決勝に残ったこともあり、また「エンタの神様」に出演するようになり一気に知名度が上がった鳥居みゆき。とてもテレビで放送していいと は思えない破戒的とも言えるネタは見るものの脳天を揺さぶるのである。

で、なぜ鳥居みゆきが面白いのかといえば、やってることが支離滅裂という要素も然ることながら、自分の中では「あんなに美人なのに狂っている」というのが 大きい。美人は得である。何をするにしても美人なら許されるという世の中の風潮。よって美人は普通あるいはブスよりもあらゆる点で苦労しない。こんなこと を書けば「美人には美人なりの苦労だってある」と反論されるだろうが、美人が美人ゆえの苦労よりも、非美人が非美人なりの苦労のほうがその何百倍と大変で あることに気付いてない。気付かないから美人なのだ。

それはともかく、鳥居みゆきはおそらく顔面偏差値だけでいけば「美人」にカテゴライズされる人物である。顔立ちも整っているし、スタイルも良い。オアシズ や森三中のように、ブサイクを売りにする女芸人がいるなかで、鳥居みゆきは明らかに美人だ。もっと言えばお笑いに向いていない整った顔立ちなのである。そ んな彼女が不気味に見えるメイクを施して支離滅裂なネタを繰り広げるからこそ、そのギャップが面白い。「なんでこの娘はこんなことになってしまったのだろ う」と。

鳥居本人から言わせれば、お笑いをやるのに整った顔立ちは不要と言うのかもしれない。けど、鳥居のあの芸風は単なるブサイクな女芸人がやっては笑えない (というか本当に不気味で芸に見えない)わけで、あの容姿だからこそ映える芸のような気がする。

というわけで、鳥居が美人であるというのは鳥居みゆきという芸人を語る上で非常に重要な点であるように思う。だからこそ自分は鳥居みゆきが美人であるとい うのは共通認識だと思っていた。

そんな美人の鳥居みゆきを「おネエ☆MANS」はいつものメイクを落として美人に変身させていたが、これって「そりゃ美人になるだろ」と誰しもがテレビの 前で突っ込んだんじゃないかと思うのだが、どうなんだろう。それって面白いのだろうか。もちろん「可笑しい」という意味の面白いではなく、英語でいけば interestingのほう。

美人に変身した鳥居みゆきが見てみたい、という願望はある。だから自分はこの番組を見た。事実物凄い美しかった。しかし美しくなった鳥居は一言も喋ること なく終了。美人になったまま「ヒットエンドラーン」とかやると思ったのに、そういうオチは一切なし。美人鳥居みゆきのままで終了。なんだかよく分からな い。

「おネエ☆MANS」という番組は主に女性をターゲットにした番組であるから、普通のバラエティのように美人のメイクを施された鳥居が、その美人を壊すか のような自身の持ちネタを披露するというオチが不要であるというのは分かる。「おネエ☆MANS」を見ている女性にとっては、鳥居が美しくなること自体が オチなのだ。でも、最初から美しくなることが分かりきっている女性が美しくなることがオチというのは、どうにも腑に落ちない。

たとえば普段はあまり美しくない女性が美しくなる、というのなら多少は話が分かる。そのメイク方法や衣装のコーディネイトで印象がガラっと変わって変身す るというのは、女性にとってやはりカタルシスがあるものなのだろう。即ちそれがオチになる。けど、鳥居の場合は最初から美人なのに美人に変身したところ で、そんなに面白い話じゃないだろ、と自分はひとり頭の中に?が浮かんでいた。

そして気付く。「おネエ☆MANS」を見ているような女性は、鳥居みゆきが美人芸人だという認識がないのだろうということに。

自分にとっては鳥居が美人に変身するという結論は「当たり前」のもの。オチが予め表示されているネタを見るようなものである。ただ、それは「オチがそこに ある」という認識があって初めて「オチが予め表示されている」と分かるわけだが、そこにオチがあると認識できなければ、そのオチに対して一定程度の驚きが ある。つまり鳥居が最初から美人という認識がなければ、鳥居のメイクを落としてちょいとメイクを施せば美人になるということが予見できない。だからこそ、 鳥居が美人に変身することが「驚き」になるのではないか、と。

もちろんIKKOの本職メイクを否定するわけではないし、そりゃ普通に化粧するよりは格段に美しく仕上がっているのだとは思う。しかし鳥居の場合普段のネ タ用のメイクではなく、普通の女性の化粧を施せばある程度雑であっても美人になってしまうという認識があれば、鳥居が美人になったって何ら不思議じゃな い。それより鳥居が美人に変身!と騒いでいるほうが不思議だった。

そりゃ自分の認識ひとつで物事が動いているわけではないが、鳥居みゆきのお笑いの根幹をなすのは「美人であること」だと思っていたから余計に、鳥居みゆき がそもそも美人であるという認識が少なくとも「おネエ☆MANS」からは見受けられなかったことに自分は幾許かのショックを受けた。



「夏帆はデコを出していたほうが可愛いよなあ」と
今週のテレビジョンを見て一人呟く。キモい。

4/23
男はソレを我慢できない

「おせん」を見る。

主人公は連ドラ初主演の蒼井優。連ドラが初主演とはいっても、映画で山のように主演をこなしている蒼井であるから、画面に全く違和感はない。むしろ今まで なぜ連ドラ主演の話が回ってこなかったのか、と思うくらい。まあ映画の撮影で忙しかっただけなんだろうが。

もはや触れるのも面倒くさい漫画原作であり、おそらく今回の第1話も漫画に忠実に作られていたんだろうとは思うが原作を読んだことがないので定かではな い。正直な感想を述べると、第1話はさほど面白いものでもなく、むしろ内メンバー演じる江崎のキャラが鬱陶しいもいいところであり、彼が一升庵(蒼井こと おせんが女将を務める料亭)を辞めようと思った心変わりも、はたまた店に戻ってこようという経緯も全てが薄っぺらく、こいつさえいなければもっとドラマも 堪能できるだろうにとすら思ってしまった。いくらおせんと一升庵を取り巻く環境の特殊さとの対比を分かりやすく出すためだとはいえ、江崎がもうちょっとマ トモじゃないと特殊さが逆に際立たないような気がした。どっちもそれなりに変では対比にならんだろ。

第1話の脚本を担当したのは大石静のようだが、どうにも大石にしては雑な脚本だなあと思えた。人間の描き方が上手い大石とは思えないような前述の江崎の雑 さは原作のままなのだろうか。しかも公式サイトを見ても大石の名前はクレジットされておらず(第1話のスタッフロールに名前は連ねている)、今後も担当し ているのかは不明。

とまあ、ドラマ全体の出来でいけば45点くらいなもんですが、蒼井優に関しては260点くらいあげてもいいんじゃないでしょうか。

酔い潰れたたあとの寝起きの演技、これが最強。

おせんは酒好きという設定であり、常に酒を飲んでいる。だから酒に潰れて寝てしまったあとの朝なんてシーンもあるのだが、この時の寝起きの色っぽい表情が 殺人レベルで素晴らしかった。寝起きで布団であんな表情されたら押し倒さないバカはいないんじゃないかと思えるくらいに色っぽい。これが見れただけでもド ラマを見た価値があると言ってもいい。

自分は酔いつぶれた女性ならびに、酔ったまま寝て起きた女性というものが幻想だと思っている。なにせ見たことがないんだから。

こんな自分でも一緒に酒を飲んでくれる女性がごく僅かでありますが存在します。決して二次元ではありません。ただ、その女性たちがことごとく酒に強い(そ して自分がさほど強くない)こともあり、「なんか私酔っ払っちゃった〜」と甘えた声で言ってくることもなければ、そんな女性を介抱したこともありません。 むしろ介抱されるほうです。あと、おそらくは自分という変態の前でそういう姿を見せないようにしているんでしょう。つくづく信用されていません。

それゆえ、女性が酒を飲んだあとに色っぽい仕草をするというのは、自分にとってはっきりいって幻想でしかなかったわけです。それをよりによってドラマの中 で蒼井優という自分のストライクゾーンど真ん中の女性が見せてくれたんだから、これはもう、正直ちょっと興奮しました。ちょっとしたAVより全然エロかっ たです。あのシーンだけリピート再生したいくらいです。



死刑の存在についての是非はあると思う。
しかし死刑の判決が出て他人事ながらこんなに良かったと思えたことはない。

4/22
襲名制度

本屋で何気なくブラブラしていたら、真矢みきが表紙の本を発見した。

なんの本だか雑誌だかそんなことは忘れてしまったが(と、言いつつも調べてみたらたぶん「生 き方名言新書4〜願えばかなう!〜」というタイトルだけ見たら非常に胡散臭い本)、とにかくその表紙の真矢みきの美しいことときたらない。とても 44歳とは思えないほどビューチホーである。

元々宝塚の男役トップスターである真矢は美しくて当たり前ではある。まあ44歳の女性に「美しくて当たり前」という言葉を適用する機会は滅多にないのでは あるが、それでも美しいのだから仕方ない。男役の佇まいを残しながらも、なんというか女性的な美しさも同時に持ち合わせているというのか。あまり自分の好 きな顔の分類ではないのだが、ここんところの真矢みきの美しさはちょっと神懸り。

というわけで、自分は今後真矢みきのことを「ミキティ」と呼ぼうと思う。

こんな書き方をしたが実は以前にも真矢みきのことをミキティと書いたことがある。しかし今回自分は本屋で美しすぎる真矢みきを見かけたことにより、これは 本格的に真矢みきのことを「ミキティ」と呼ばなければならないという決意に至ったわけだ。

そして、それと同時に「ミキティ」という名前を襲名制度にすればいいと思っている。以降はずっと戯言が続くので適当に読み流すこと推奨。

「ミキティ」とはそもそもソロデビューした藤本美貴(現在名称:駅弁。由来がわからない人は藤本美貴 駅弁でググりましょう)が自らつけた愛称であること をご存知だろうか。「みき」という名前から「ミッキー」などの安易な愛称をつけられることを拒否した藤本は、自ら「みき+キティ」で「ミキティ」と名付け たのだ。そして「ミキティ」という名称は思いのほか定着した。

これが藤本美貴がモー娘。入りと前後して、女子フィギュアスケート界に登場した新星(当時)の安藤美姫の愛称に変わった。これは安藤自らが望んだわけでな く、マスコミが「フィギュア界のミキティ」と呼ぶようになったのが始まりで、いつのまにか藤本美貴よりも知名度が上がってしまい、しまいには「ミキティ」 といえば安藤美姫のことを指すのが一般的となってしまった。愛称が同時期にシェアリングされる、あるいは他人に移行するというのは珍しい現象である。

なぜこんな現象が起きたのかを考えるにつけ、マスコミが呼び続けたことにより定着したという普通の理由もあるだろうが、それではちっとも面白くないので、 勝手に「その当時最も輝いている「みき」にはミキティという名前が与えられる」という理由に仮定してみる。つまり、この仮定で行けば安藤美姫が登場して以 降未だに一番輝いている「みき」は安藤美姫ということになる。あながち間違いではない。

そしてこの定義に照らし合わせたとき、今もっとも輝いている「みき」は安藤美姫ではなく真矢みきのほうだ。というわけで、真矢みきは3代目「ミキティ」を 名乗るのに相応しい。2008年4月をもって真矢みきが「ミキティ」襲名である。ていうか、もう自分が勝手に真矢ミキティと呼ぶことに決めた。結論ありき の仮定であることは言うまでもないだろう。

ただ、この襲名制度でいけば、新たな輝いている「みき」が登場した際には、真矢みきは「ミキティ」を剥奪されることになる。自分としては心苦しいが、それ も「ミキティ」襲名制度を提案した自分の最低限の義務であると言えよう。新たなミキティの名を継ぐものの登場にドキドキしつつもワクワクしている。


お気づきかもしれないが、「ミキティ」襲名の定義は「その時一番輝いているみき」であって、女性には限定していない。だから今後平幹次朗や幹てつやが何ら かの原因による大ブレイクしてしまった場合は、彼らが「ミキティ」を名乗ることになる。自分だって幹てつやを「ミキティ」と呼びたくは無いが、彼が一番輝 いている「みき」になってしまった場合には呼ばざるを得ない。別に誰にも強制はされないだろうが。



腐るほど宣伝していたTBSのドラマ「ROOKIES」と「猟奇的な彼 女」の初回視聴率 が
それぞれ12.2%と13.5%。あんま宣伝してなかった同局のドラマ「Around40」の初回視聴率はおろか
第2回の視聴率14.2%にも達してないのが哀れすぎる。
そしてTBSのドラマを嘲笑うかのような日テレ「ごくせん」初回視聴率が26.4%。化け物か。
ちなみに自分はどれも見てない。

4/21
なんだかなあと思うこと

・地上波アナログに「アナログ」表示
2011年までに地上波アナログ放送は終了する予定です。というのを発表してから結構経つわけだが、未だに地上波デジタル放送を受信できるテレビの普及率 はそれほどでもない。そりゃそうだ。未だにアナログ放送で普通に見れるし、見れるものを積極的に変更しようという人はブルジョアである。格差社会のこの世 の中、ブルジョアは一握りしか存在しない。

そんな状況に業を煮やしたのか、今年の7月、つまりアナログ終了まで3年を切った時点からアナログ放送に「アナログ」というテロップを常に表示するとい う。さらには時間が経てば「アナログ放送は2011年7月24日で終了します」という字幕に切り替えるらしい。なんだそれ。

今まではデジタル放送の良い点を強調してデジタルへの移行を促していたが、それでは足りないとでも思ったのか今度はアナログのネガティブキャンペーンであ る。しかもほぼ実力行使に近い。こっちが「頼むからデジタルにしてくれよ」と言ったわけでもないのにこんな仕打ちを今年の夏から受けなければならないとい うのは、なんとも理不尽な話だ。

自分が言うことではないのかもしれないが、正直テレビなんかなくたって平気である。情報はネットのほうが早く、また娯楽は分散し、楽しみはテレビだけとい う時代ではなくなった。大黒麻季の曲の歌詞ではないが「とっても寂しいからとりあえずつけてます」というのが、現代のテレビの正しい佇まいであり、自分の ように積極的にテレビ視聴をしている人間など絶滅危惧種だろう。

となると、「アナログ」というテレビ放送を奪われて困る視聴者は実はそれほど存在しない。むしろテレビ局に勤めている人間だったりCMを打ったりしている 「テレビの内側」の人間のほうが困るのだ。にも関わらず視聴者を困らせる真似をやっても、実はそれは何の役にも立たないのである。「じゃあ見ない」で片付 けられるんだから。

終了までまだ3年もある。3年あればギリギリまでには買い換える人だってたくさん出てくるだろう。それまでは放っておいてほしい。何を焦ってアナログを切 り離す真似をしようとしているのか。そんなにアナログを否定するなら国民に地デジのテレビを配給すればいいだけの話だろ。これ以上テレビの印象をテレビ自 らが悪くしてどうするんだろう。辟易もいいとこである。


・児童ポルノ法
児童ポルノの単純所持を違法とする内容を盛り込んだ法案が可決されそうだとか。

改正(改悪)の内容だけを冷静に検討すれば、「持ってるだけで違法」つうのは色々と問題ありますわな。嫌いなヤツの家に毎日のように写真を送りつければそ れだけで捕まえることが出来る。メールで指一本でも可能だ。可能性として濫用が予測される法律は、いかに正義(ここでは思想的な意味は除く)に適っていよ うとも成立させてはいかんだろう。この問題の根幹はここでしかない。倫理的な問題以前の「悪法」となる可能性が恐いのだ。

しかしこれが「児童ポルノ」という、世間的には嫌悪の目でもって避けられる対象であるからこそ、大手を振って反対すると「じゃああんたは児童ポルノが見た いのか」と言われてしまう。ロリコンであると開き直っていない男性であれば、特にこのような言説には躊躇するだろう。そしてこの法律に賛成する人間は反対 派のこの点を突いてくる。でもこれって悪質なやり方だとは思いませんか。

やってることは「裏ビデオの通販」と同じだろう。今でこそネット上に無修正のアダルト映像なんて溢れているものの、VHSが普及しはじめアダルトビデオが 世に出回った頃、いわゆるモザイクのない「裏ビデオ」の通信販売の広告が世に多く出回った。そしてその多くが偽物だったり、ただのクズAVだったりした詐 欺が横行した時代があった。

日本の法律では無修正のアダルト映像を販売するのは違法である。よって売るほうはもちろん、買うほうも「違法なものを買っている」という後ろめたさから、 完全に騙されて高額を支払ったにも関わらず意中の品物を手に入れることが出来ず、そしてこれを訴えることも出来ずに泣き寝入るケースが80年代には多発し た。でも実は、購入したほうは厳密な意味で違法ではないのである。だから警察に訴えれば損害を取り返すことも可能ではあったはずだ。つまりは、「それはそ れ、これはこれ」ということ。裏AVを買おうとした後ろめたさは認めるけども、だからといって詐欺まで泣き寝入る必要があるかといえばそれは別の話。

今回の議論も、児童ポルノに興味があるかどうかはともかく、我々の生活が不当に侵害される恐れのある法律は成立させるべきではない、と堂々と言えるべきな のだ。自分がロリコンかどうか、そして児童ポルノに関してどう思っているかは全く別の話である。児童ポルノの否定とこの法律のもつ危うさの否定は背反しな い。改正賛成派(特に女性)は相手のレッテルしか貼らないし、一方で反対派(特に男性)は「表現の自由」とか「線引きの問題」とか、意図があるかどうかは ともかく今ある児童ポルノまがいのものを守ろうとするかのような発言で応対するのがいけない。

「児童ポルノも認めないし、この改正案も認めない。もっと違うやり方がある。」こうやって力強く断言出来る人、とりわけ女性が出てこない限り話は平行線の ままでしょう。不毛である。


・高瀬友規奈
「鍵穴2」というバラエティ(関東では3月末に放送された模様)に出演していた高瀬。千原せいじの話を全く聞かず自分のことを延々と話そうとして千原に呆 れられるさまは、なかなか貴重な空気の読めなさ。「かみ合う」ことが何よりも重要視される昨今のバラエティにおいて、予定調和じゃない高瀬は近くにいれば 鬱陶しいことこの上ないが、テレビで見るぶんにはちょっと面白い。「さんま御殿」でさんまの怒りを買ってほしい。

本職の女優としては、新垣結衣と漫才やってる「ポッキー」のCMをはじめとしてドラマなどでもちょくちょく見かけます。今年は彼女が売れるかもしれない。



「ごくせん」と「水戸黄門」は似ているという人がいるが
自分は50年後「水戸黄門」の再放送は見ていたとしても
「ごくせん」の再放送は見ない老人でありたい。

4/18
プレナス

・ホカベン
上戸彩主演の弁護士ドラマ。うーんキツい。

15年前ならいざ知らず、「弁護士とは社会正義を貫くことの出来る仕事」なんて考えの人は、弁護士本人はもちろん一般人だって少ないのでは。もちろんそう いうポリシーでやっている弁護士の人も存在はするが、そのポリシーで弁護士の仕事がやりたいのであればそういう方針の所謂「マチベン」になればいいわけ で、大手弁護士事務所に入ってそういう仕事を手掛けようとする主人公の就職活動がそもそも間違っている。それだけの話でしかない。弁護士になるまでそんな ことも気付かずにやってるなんてありえないんだが。

上戸演じる主人公の正義感も甘さも、そして北村一輝演じる先輩弁護士の厳しさも両方それなりの立場で分かるんだけど、それは「共感」ではなく、ドラマの設 定として「全てがミエミエ」という意味で「分かる」のである。つまりは視聴者に両者の立場を簡単に気取られてしまうほど底が浅く陳腐な話でしかないという こと。話は次回に跨いでいるんだけど、あまり続きを見る気になれない。

上戸彩の普段の演技は自分は決して下手だとは思わないんだけど、今回ばかしはちょっとなあ。新米とはいえちっとも弁護士という感じがしないんだもん。同期 の男NEWSの加藤も「金八」でハセケンだった頃からちっとも進歩しない大根っぷりで鼻水が出そうになりました。

ドラマの内容よりも気になったのは、富田靖子の旦那を演じていたのがお笑いコンビ「GO・JO」の阪田マサノブだったこと。微妙に変質者の匂いがする風貌 は娘に性的虐待を行っている父親にぴったり。「爆笑問題のススメ」で、太田のコラムの時に後ろのカウンターにいた頃が懐かしい。


・TVチャンピオン
レゴ王。相変わらず自分が想像しているようなレゴのかなり斜め上を行く出来の作品が次々と登場し、終始感心しっぱなし。これだからTVチャンピオンはやめ られません。

決勝では「可愛くなければレゴではない」という人と「かっこよくなければレゴではない」という人の、作品そのものよりも作り手のポリシーがぶつかった対決 となったのは素晴らしかったです。勝ったのは「かっこよくなければ」の人でしたが、自分は「可愛くなければ」の人の作品のほうが好きでした。まあこの放送 で一応決着は付いたのですが、これは「どっちのポリシーが優れていたか」という話ではなく、どちらも素晴らしい作品を作るレゴアーティストであるという話 です。

しかしこういう人たちが本気でエロレゴを作ったらどんなに卑猥なものが出来るんだろうか。世界初のモザイクがかかるレゴね。でも最初からレゴってモザイ クっぽいからそんなに関係ない気がするけど。是非作って欲しいなあ、エロレゴ。「折り紙王」の時にも同じこと書いた気がするが、覚えていないことにしてお く。

次週は「小学生漢字王」。またいい具合にこじれた小学生がたくさん登場するかと思うと楽しみで仕方ありません。




「あらびき団」にて披露されたみっちーと大山英雄によるW福山雅治は
至高のあらびき芸だったと思います。あらびき以外の何物でもない。

4/17
そんな理屈はないだろう

「古畑中学生」って喜んでいるのは山田涼介のファンだけじゃないんだろうか。

田村正和主演のドラマ「古畑任三郎」は脚本家三谷幸喜の代表作のひとつである。2006年の「ファイナル」をもって作品は完結したわけだが、ここにきて唐 突に古畑の中学生時代を描こうという話。古畑ファンである自分は、はっきり言って面食らった。というより、自分以外の古畑ファンの方々だってこの話を聞い て手放しで喜んでいる人は本当にいるんだろうかとすら思える。何一つ嬉しい要素がない。

サンスポの記事を読めば、元々三谷幸喜には古畑のバックボーンを描こうという構想はあったらしいが、山田涼介を見て若かりし田村正和に似ていたことから 「いましたよ。中学生時代の古畑が!」という電話がプロデューサー石原隆のもとに入って一気に話が進んだらしい。なんだか取ってつけたような苦しい理由だ なあ、と。

そもそも、「田村正和が演じない古畑任三郎(と呼ばれる作品)が面白いのか?」という疑問があり、さらには「古畑の中学生時代を描いたから、それが面白い のか?」と思うし、最終的に「なんで今更そんなこと考えるわけ?」とすら思う。古畑復活待望論が未だにないわけではないのだろうが、だからといって田村正 和が演じるわけでもない中学生編を望んでいるわけじゃあないだろう。「古畑」であればいいってもんじゃない。

記事で触れられているストーリーを読んでも、犯人と古畑が対決するいわゆる「倒叙モノ」ではないようだし、古畑である必要性が「古畑の中学生時代が描きた い」という理由でしかないのである。もちろんそれがメインと言うのだろうが、それ以上に必要性のなさとともに政治的な匂いを感じてしまうのはいくら「そん なことはない」と言っても信用出来ない。どうにも制作の意図に説得力に欠けるわけだ。

「山田涼介」で「探偵」といえば、ドラマにちょっと詳しい人であればすぐさま「探偵学園Q」のことを思い出すだろう。山田はクールな美少年リュウを演じて いたわけだが、クールなんだか棒読みなんだかよく分からん演技だったという自分の中での記憶。決して演技が上手いわけでもないし、はたまた田村正和演じる 古畑任三郎のような飄々とした雰囲気を持っているわけではない。

選ばれた理由が本当に「単に似ている」だとしたら、自分はちょっと三谷幸喜の神経を疑わざるを得ない。似てりゃいいのか。そんな理屈はないだろう。そもそ も古畑の中学生時代を描くのであれば、それこそ「田村正和が中学生にならないとダメ」くらいの気合でもってあの雰囲気に相応しい芸達者な中学生を血眼に なってオーディションしなければならないだろう。そんな中で見つけたのであればまだ「だったら期待出来る」くらいのことは言いたくもなるが、テレビで見か けて「ちょっと昔の田村正和っぽい」という理由だけで選ばれたのなら、馬鹿馬鹿しいにも程がある。そして山田涼介ファンには申し訳ないが、山田に古畑ファ ンの期待を一身に背負い、受け止めることが出来るほどの才覚があるとは自分には思えない。

もっとも山田にしてみれば「選ばれたのだから精一杯やるだけ」であり、彼がやりたいと言い出したわけではないのだから責めるのはお門違いだろう。まあ事務 所が強烈に企画をプッシュしたという可能性は否定出来ないんだけど。しかしやっぱり自分は今更「古畑の中学生時代を描く」という誰のニーズに応えているん だか分からない脚本を書いてしまった三谷幸喜を今回ばかりは擁護することはできない。実際のところは数字の取れるドラマを作りたいフジテレビの思惑と、売 出し中のタレントを使って欲しいというジャニーズの思惑が交差してこういうことになってるんだろうが、それでも三谷が首を縦に振り脚本を書かないことには こういうことにはならないんだもの。

まだいつ放送されるのかは分からないけども、放送が終わったときに「これは無かったことに」と言われないような作品になることを願うことしか出来ない。三 谷幸喜にはこんなしょっぱいことやってないで、そろそろ連ドラで新しいドラマをやってほしいです。


・爆笑レッドカーペット
初回にて半年限定番組であることを堂々と公表。「ビビる大木のオールナイトニッポン」を思い出した。大木のオールナイト、またやってくれないかなあと未だ に思う。





4/16
20人

・お台場お笑い道
元々はCSフジテレビ721で放送されている番組。地上波で放送するのはこれが2回目のようだが、なぜか北海道でも2回とも運良く放送された。アンタッ チャブル、アンガールズ、カンニング竹山、バナナマンらが出演。

コーナーのひとつに「竹山プロレス」というものがあり、竹山が対戦者のアイドル(らしき人)に際どいインタビューをして、答えるまでプロレス技をかけつづ ける。キャッチフレーズは「答えるまで、終わらない」。今回登場したのは「あいのり」に出演していた(らしい)プロ雀士の和泉由希子。そもそもアイドルと いうわけでもないのが既にアレなのだが、この人の初キスや初体験の年齢、果てには経験人数を聞いたところで特に興奮するでもなく。

間違ってはいけないのが、「本当のことを喋るまで終わらない」ではなく「答えるまで終わらない」。和泉が適当なことを言っても審判(アンタッチャブル山 崎)がOKを出さなければ「答えた」とみなされず、山崎が(観客が)満足する答えが出たところで試合終了。だからどの答えも「本当のことを言った」ではな く、「妙にリアルな興奮する数値を言った」に過ぎず、これを本当のことだと思って見ている人がいて少なからず興奮していると思うと、なんか逆に居たたまれ ない。

別のコーナーで竹山と日村がドッキリに早い段階で気付きながらもずっと気付かない振りをし続けていたが、全く気付かずに騙され続けるのと、気付いていなが らも騙され続けるのでは全然話が違う。だから和泉の答えに関しても、あれを本当のことだと思って楽しんでいるのと、ウソとは分かっていてもそのリアルさを 楽しむのでは同じように見えて全然レベルが違うのだ。自分の座右の銘でもあるが「騙されてるんじゃない、騙されたいんだ」とはこういうことである。


・わたしが子どもだったころ
こちらはNHKのBS-Hiで放送されているものだが、一部地上波でも放送している。自分が見たのは爆笑問題太田光の回。

太田が10歳の頃の記憶を地元で語る。著作やラジオで度々触れられていた少年時代の輝かしい記憶についてテレビで詳細に触れたのはこれが初なのではないだ ろうか。再現VTRの出来も良く、自分は全く関係ない人間であるにも関わらず、ちょっと懐かしい感じすら受けた。

ちなみに自分が子どもだったころといえば、ここを長いこと読んでくださっている方にはすっかり聞き飽きた言葉かもしれないが「殆ど覚えていない」である。 なぜ自分が今こんなことになってしまったかのルーツが思い出せないというもの、人間としてかなりの欠落であるような気もするんだが、今更思い出せるもので もないので「生まれたときからこうだったんだろう」と割り切るより他ない。


・絶対彼氏
もこみちが全裸でボックスに入っていて、股間だけは上手いこと隠れていたシーンだけは見た。ドラマそのものには興味なし。これが「絶対彼女」だったらただ のキモヲタドラマでしかないだろうに、もこみちがロボットで相武紗季が持ち主となればドラマとして成立しているような気がするから不思議。ま、見てないの で成立してなかったのかもしれませんが。とりあえずこの二人が揃うと伝説のドラマ「レガッタ」しか思い出せないのでそれだけでマイナスです。



Perfumeがアルバム発売に合わせて怒涛のテレビ出演。
時代はPerfumeなんでしょうねえ。まるで他人事。

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